2011年01月10日

内堀先生の思い出(35年前の小学生の時の話題)

小五の時の担任、内堀一夫先生が昨年5月に亡くなったのを今朝ネットで知りました。
http://yachan405.exblog.jp/12689337/

内堀先生からオレは
「自分を素直に表現すること(作文)」
「学ぶということは、自分でしたいことを自分でやりたいようにすること(自由勉強)」
を学びました。

内堀先生を偲んで思い出を書きます。
(mixiで会った当時の同級生に宛てたメッセージをちょっと書き直したものです)


小学校で一番印象深い先生は、オレの中では五年五組の内堀一夫先生。
内堀先生はなにかにつけて文章を書かせたでしょ?
(5年の初日も「5年生になった感想を書け」と言われて何を書くんだと困った覚えがある)
オレは最初それがイヤでイヤで。
本を読むのは好きだったけど、書くことはキライだった。
でも、1年間、いろいろ書くことを経験して、自分の思っていることを書く楽しさがわかるようになったよ。
今、オレが書くことが好きなのは内堀先生のおかげだと思ってる。
「あおいこえ」は今もとってある。二つ位、間がなかったりするけど。
(「あおいこえ)は先生が作っていた学級新聞。1号〜15号までオレは持ってる。6号が抜けてる)
久しぶりに読み返してみるかな?オレの文章はそんなには載ってなかったけどね。
(生徒の書いたいろいろな文章が載っていた。オレのはなかなか載らなくて、オレも載せて欲しいなぁって思ってた)

あと自由勉強。
自由勉強といえばイモ(あだ名)が頭に浮かぶ。
最初は興味がなかったんで全然やらなかったんだけど、しばらくしてオレも自由勉強帳作って少しはした。
けど、なんだか恥ずかしくて先生には出せなかったんだよね。

教室の黒板の上には「そんな教室つくろうや」って詩がはってあった。
カンザワかだれかが、そのことを書いた文が「あおいこえ」に載ってたのを覚えてる。
授業参観に来たカンザワの親が「あの詩、良いね」とか言って「じゃあ、書き写してくるよ」みたいな感じ。

あとは「切り絵」とか、教室で飼ってたにわとりの絵とかよだかの星の絵とか、覚えてるし、まだ持ってる。
オレの作った「切り絵」は先生にほめられて、「もう一枚同じの作ってくれ」と言って、先生にもらわれた。(最初に作ったヤツをあげた)
良いのを見本(?)として先生が持ってたじゃない?

事件もいろいろあったな。
雨の日に中庭に紙飛行機をみんなでたくさん飛ばしてさ。
それを見つけた先生が「なんで飛ばした」とみんなに聞いたけど、誰も答えられなくて。
先生は「『雨の中、飛行機を飛ばすのがオレの趣味だ』って言うなら、オレは怒らない」みたいなことを言ったけど、
結局みんな黙っていたもんだから、叱られて、雨の中片付けに行っていたな。
オレはその時、やりたくなかったから飛ばしてなかった。たぶん飛ばしてない男は少数派だったと思う。

後はAと決闘もしたな。
あの頃、Aが好き放題やってたじゃない?
オレはそれほどはいじわるはされてなかったけど、Hがいじめられてる(大便器に頭を突っ込まれて水を流された)のを見て、許せなくてさ。
でも、一人でやる勇気はなかった。
誰が言い出したかは忘れたけど、Aに決闘を申し込んでいじめをやめさせようと誰かが言い出した。
オレとIとデンとGだったかな?4人で放課後、Aの家に行って、ヤツを呼び出して前の空き地でケンカをした。
4人で一斉にかかるようなことはしないで一人づつやった。
オレは殴ったらAが痛いよなとか思ってる間に腹を蹴られて、うずくまっている間に背中に乗られてボコボコにやられた。
Aは人を殴りなれていたから、強かったね。結局みんなAにやられた。
で、次の日、内堀先生に呼ばれた。オレ達は誰も言わなかったけど、近所の人が見ていたようだった。
それからAも少しは変わったのかどうかは覚えてない。

内堀先生は自転車が好きで、箕郷の家から自転車で通ってた。サドルはダチョウの皮で出来てる特別制。

そんなことを覚えてる。
posted by わたる at 19:53| Comment(1) | TrackBack(0) | その他の話題

鑽拳(武術の話題)

通背五行掌から三つを選ぶとしたら、オレは迷いなく[才率]、拍、鑽。
自分で言うのもナンだけど、この三つはオレの中で威力的にはそこそこ使えるレベルに仕上がって来ていると思う。
指導する時は満遍なくいろいろな技をやったほうが良いんだろうけど、やっぱりオレが好きな技が多くなる。なので群馬支部では[才率]、拍、鑽の練習は多い。
[才率]と拍は、こうすれば出来るようになるって教え方がオレ的にはだいたい出来てきていて、みんな割と身につけられるようになってきている。人によってはオレより良いんじゃない?ってのも。
でも、鑽は難しい。
[才率]と拍は、最初、手(腕)の動きだけでもコツをつかめば(但し余分な力が抜ければ)そこそこ通背の威力が出て、そのあと、身体のいろいろな部分を連動させていけばさらに威力があがってくる。
でも、鑽は手だけじゃダメ。最初から全身を連動させないと通背的威力が出ない。そこが難しいところなんだと思う。(特に武術初心者には)
動き自体は他流の「突き」と似ているから、他流をやっていた人は、最初はその動きで鑽を行う。威力のある突きで、見た目も鑽だけど、鑽の力とは違う。他流で培った力が悪いとは思わないけど、それをそのまま通背の動きの中(散手)で使おうとするとリズムとかタイミングとか技の間合いが合わない。(鑽の間合いは思ったより近い)鑽の動きが出来た上で他流で培った威力を乗せればさらによくなると思うけど、逆のパターンはなかなか難しいかもしれない。そのあたりが、武術経験者にも鑽が難しい理由なんじゃないかな?
短い距離から突くってのは鑽の力の出し方の理解を助ける方法の一つだとは思うけど、もう少し良い教え方を考えてみないと。
鑽拳は腰力、そしてイメージは錐。
posted by わたる at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 民間武術